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『藤岡弘、探検隊シリーズ(ナトゥー編)』を語る 「藤岡弘、探検隊シリーズ第6弾」 ミャンマー奥地赤密林縦走3000km 伝説の野人ナトゥーを追え!! ついに生け捕り!!最強の野人!! 前回の探検、『イプピアーラ編』が放送されたのは2004年9月8日。 この美しくも衝撃的なラストは我ら探検隊ファンの心を激しく動揺させた。某巨大掲示板では「まさか、本当に終わりなのか?」「いや、今度は隊長が落としたベレー帽を探しに行くんじゃないか?」と言ったものから、「ちょうど流れてきたベレー帽が、泳いでいたナマケモノの頭に偶然に乗っかってる夢を見た!」といったオカルトチックなものまで、様々に議論された。 しかし、結論は決まって「我らがこれだけ強く望んでいるのだ。必ずまた探検に出てくれる」というものであった。ファンは傲慢なのだ。そんな我らの傲慢で熱い念を送り続ける事、約半年。果たして、探検隊は帰ってきてくれた。しかも、シリーズ最高傑作を引っさげて。 もしかしたら、我らファンは世界一の幸せ者じゃなかろうか。この天突き抜ける程の喜びを一体誰に伝えれば良いのか。探検隊及び、制作会社、スタッフ、テレビ朝日、スポンサー等関係者の皆様、本当に本当にありがとうございました。 前回の前文で俺は「『藤岡弘、探検隊』はこの世で唯一、信じるに足る存在である」と言った。 その想いは今も変っていない。ここに改めて宣言したい。俺は「探検隊原理主義者」である。『藤岡弘、探検隊シリーズ』は、もはや一つの「思想」である。そして、イデオロギー闘争が果ては戦争にまで発展してしまう永き歴史において、人類の英知が生み出した最も平和で幸福な「思想」であると確信する。
※以下、藤岡弘、氏は「隊長:」、ナレーター田中信夫氏は「田中氏:」で表記。
約2分と、シリーズ中では短めのオープニングだが、もちろん完璧だ。田中氏の神がかりのナレーションが、わずか2分の間に、視聴者を戦闘態勢を整えた歴戦の兵士へと変える。ここでCMに入らなければ、窓をブチ破って外に飛び出す者が出現しかねない。 視聴者の身の安全を考えての短縮であろう。
今回の探検の目的はミャンマー奥地に住むという伝説の野人の正体を探り、更にはその野人を捕獲する事である。しかし、その道程、いきなり丸太の襲撃を受ける。生物でもない丸太のようなモノでさえ、隊員の命を奪う敵となり得るのだ。幸い、新たに副隊長として加わった松田隊員の危機センサーと怪力が隊員達を救う。 隊長は市場で高麗人参を購入する。これは数多くの修羅場をくぐり抜けてきた隊長の英断であった。この時、初参加である松田副隊長はそれ程重要に考えていなかったようだが、後にこの高麗人参が隊員の英気を養うのに一役買う事になる。 川が見えたら橋である。細い吊り橋とは言え、橋さえない道なき道での探検を繰り返してきた探検隊にすれば雑作もないイベントだ。ただしこの吊り橋、いかにも頼りなかった。一瞬笑顔にも見える、引き攣ったガイドの表情がその危険性を雄弁に物語っている。人は極度の緊張を強いられた時、むしろ笑顔になってしまうらしい。あるスポーツ評論家によると、短距離走者は口を半開きにした、笑顔に近い表情で走る方が良い記録が出るのだそうだ。この場合のガイドの表情は、身体の防御本能が表情の筋肉を変型させたと考えると辻褄があう。
骨折により、隊を離れても尚、隊の為に役立とうとする白鳥隊員の姿に探検隊魂を見た気分だ。ただ、調べた情報を送ろうにも、ミャンマーでは規制により衛星携帯電話が使えないらしい。ちょっとしたトリビアネタだが、こういう点が探検隊シリーズが科学情報ドキュメンタリーたる所以だ。 先程の吊り橋での経験がここで早速役に立った。複数人で渡ると吊り橋は揺れるのだ。そこで、今回は1人ずつ渡る。隊長の「絶対に揺らすなよ!」という言葉は、ある種の念押しだ。『クルピラ編』の時はこの念押しがなかった為、渡辺隊員が川に落ちた。幸か不幸か白鳥隊員の離隊が福に転じたようだ。 隊長の「怪しいなぁ…」という言葉は後に何度も出てくる。危機センサーを研ぎ澄ませていれば、あらゆる事が怪しく感じるのだろう。「怪しむ」という事は心の準備を意味している。心の準備があれば、危機に出会った時に容易に回避できるのだ。
アメリカのビッグフットは肉食かどうかは不明だが、骨髄が好物らしい。個人的に特に骨髄を食べた事はないが、ラーメンのスープは美味しいので、骨髄自体も美味しいと考えられる。 高麗人参を煎じて飲んだ事がないので知らないのだが、通常、ああいう風に煎じるのだろうか。天然の何十年モノの人参を煎じて飲めば、そりゃ滋養がつきそうだ。まさに地の恵みだろうと思われる。 探検隊は糞を発見した。もちろん分析する為にキャンプに持ち帰る。しかし、ここで大和隊員が若さゆえの過ちを犯してしまう。糞は一つで良いのだ。それはそうだ。同じ糞をいくつも持ち帰っても仕方がない。探検隊は糞を探しに来たわけではないのだ。
何と大和隊員がチャリオに弟子入りしていた。チャリオとは『ヅォン・ドゥー編』にとどまらず、川口浩探検隊の頃から、探検隊とはゆかりのある伝説の蛇使いである。大和隊員は見事にパワーアップしていた。探検隊の若頭的地位を不動のものにした感じだ。 隊長の「山はなぁ、自分のペースで行かんと持たんぞ!」という言葉は奥深い。そうなのだ。いくら隊長が鍛えているからと言って、日常的に山岳地帯を歩いてるポーター達と同じペースで高地を歩けるわけがない。普通、失敗の多くは自分のペースでやらなかった事が原因だ。実社会での失敗は大抵2種類だ。事故と自滅。事故は仕方ないが、自分のペースを守る事で自滅の多くは回避できる。隊長は隊の自滅を回避したのだ。 それにしても、少なくとも60kgはあると思われるカインを軽々と持ち上げる松田副隊長の怪力は凄い。
『ロッキー4』の「♪war」が流れる。まさしく戦争だ。それ程にナトゥー捕獲は厳しい戦いなのだ。ナトゥーがいる森は容赦なく地味に探検隊の体力を奪ってゆく。精神が消耗してゆくのだ。もしもあの時高麗人参茶を飲んでなかったらと考えるとゾッとする。 山頂付近でナトゥーと思われる黒い影を発見。一行は色めき立つ。翌日、隊長の指示で山頂付近を捜索。するとナトゥーの痕跡と思われる数々の物証を発見する。獣道。不自然に折れ曲がった竹。爪とぎの痕。バナナ。洞窟。それら全てが間違いなくナトゥー存在の証拠だ。 中でも洞窟の怪しさは、ひときわ隊長の危機センサーを刺激する。怪しさが他の証拠の比ではない。過去の探検の経験から、隊長はそう考えているのだ。洞窟は怪しい。
大和隊員がバナナの皮を発見する。これはナトゥーに近づいている事を意味している。また、ナトゥーの寝床を発見した坂本隊員は天晴れだ。普通はなかなか地面が柔らかい事までは気付かない。糞を発見したり、坂本隊員は地面に近い位置での証拠発見に無類の強さを発揮する。以前やっていた仕事か何かが影響しているのだろうか。 また、坂本隊員は隊の水補給も忘れない。水は大事だからだ。今回の探検において、松田副隊長や大和隊員のような派手さはないが、メモをちゃんと取っていたり、骨を発見したり、真新しい糞を発見したり、隠れた殊勲を連発している。やはり過去の仕事での経験が生きているのだろうか。 前日なかった気の根っこが洞窟内に転がっていた事については、おそらくナトゥーの仕業だろう。松田副隊長が認めている通り、多分、見落としていたのだと思われる。
渡辺隊員も坂本隊員に負けじと足跡を発見。どう見ても足跡なのだが、坂本隊員は渡辺隊員の発見を認めたくないのか、隊長にどうだ?聞かれても何も答えない。以前の仕事が微妙に影響しているのかも知れない。大和隊員も何も答えないのだが、ボクシング経験が影響しているとは思えないので、単に分からなかったのだろう。 隊長はやはり最初から怪しいと考えていた洞窟に罠を仕掛ける。しかし、この罠が甘かった。夜明けと同時に罠を見に行くと、罠は無残に破壊されていた。ナトゥーは探検隊が考えるよりも遥かに凶暴だったのだ。 その凶暴性はベースキャンプに変える途中の巨石落下事件を見ても明らかだ。よほどの事がない限り、密林を巨石が勝手に転がるわけはないので、ナトゥーが探検隊の命を狙ったと考えるのが自然だ。これはナトゥーが凶暴なだけではなく、狡猾な事も意味している。今、探検隊はまさにシリーズ最強の敵と戦っている。 そして探検隊一行はもう一つの進化の頂点、 密林の凶獣ナトゥーを捕獲するべく、いざ決戦の最終章へ。
凶悪無比なナトゥーを捕獲するには半端な罠では無理だと悟った隊長は強力な罠を作る事を決意。巨大な落とし穴と頑丈な檻だ。2隊に分かれて作戦開始。 坂本隊員の過去の仕事が少しだけ垣間見える瞬間があった。落とし穴を作っている時に、怪力無双の松田副隊長をして「速いなぁ、坂本君!」」と言わしめたのだ。「以前、こういう仕事をしてましたんで」とぶっきらぼうに放つ言葉の裏に、坂本隊員のプライドと他隊員への微妙なライバル心を読み取ったのは俺だけではないだろう。 いや、失礼した。本編と関係ない部分での脱線が過ぎたようだ。既に「凶獣vs探検隊」は最後の決戦に突入している。音楽はやはり『ロッキー4』の「♪war」。黙々と罠を作る隊員達の姿が美しい。戦いとは本来美しいものだ。殴り合っているから戦いなのではない。美しいから戦いなのだ。 ナトゥーの行動パターンを完全に把握していた探検隊はその一瞬に賭けた。センサーが鳴る!密林に凶獣の咆哮がこだまする!隊長の激が飛ぶ!漆黒の闇の中、わずかな炎に照らされる探検隊と凶獣ナトゥー。その様子はさながら遠い神話の神々の戦いのようだ…。
戦いは終わった。一度は捕獲するも、翌朝見に行くとナトゥー逃げた後であった。 隊長は心の中でそっと確信する。檻の中を見せなかったのは隊長の責任だ。いや、そもそもナトゥーを檻に閉じ込めた事自体が奇跡的な事なのだ。隊長として隊員達にこれ以上大きな危険を負わせる事は出来なかったのだろう。それ程にナトゥーは凶暴で狡猾であったのだ。隊員達も実際にナトゥーと戦ってみて、隊長の決断が正しかった事を理解しているはずだ。そして、正しい決断が必ずしも勝利につながるわけではない事もまた、心に刻んだのではないか。 我ら探検隊ファンもここで余韻に浸ってるヒマはない。既にエピローグに突入している。啓示のごとき田中氏ナレーションと奇跡の楽曲とのコンボを一刻も早く味わおう。 ※以下、EDテキストは是非、コチラを聞きながら…(2.4MB)
何という素晴らしい締めだろうか…。 この世に『未知なる物』は星の数ほどある。ほとんど無限だ。しかし、人の熱い心は実は有限なのだ。よく「人の心(もしくは想像力)は無限だ」などと言う人がいるが、逆だ。「未知なる物」は無限なのだが、それを美しく輝いていると感じる人は限られているのだ。時にそれはロマンや情熱といった言葉で言い換えられる。 では、もし、誰一人、「未知なる物」に心を熱くしなくなったらどうなるか。答えは簡単。この世は暗黒だ。だから我らは死ぬまで魂を熱く燃やし続ける責任がある。未知なる物を美しいと感じ続ける義務がある。 探検隊は最後まで熱く、未知のロマンに向かって歩き続けるだろう。ならば我らもピリオドは打たない。彼らの照らした道標を頼りに歩き続けよう。そうすれば探検隊は何度でも帰って来る。 我らが『未知なる物』に心を熱くする限り、きっと…。
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