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コンプレックスをバネに芸能界に挑む!
歌蔵:藤岡先生が芸能界に入るようになったきっかけを教えてください。
藤岡:やはり四国の田舎でしたから。(笑) 当時影響を受けたのが映像文化なわけです。 映画かテレビくらいしか娯楽がなかったんです。
歌蔵:僕は今年で40歳になりますが、小学1年の頃に藤岡さんを仮面ライダーという特撮ドラマで見た時は、あまりのカッコよさに衝撃を受けました。 また、あの仮面ライダーの中に自ら入っていて怪我をして、2号ライダー佐々木剛さんに代わった時の落胆といったら! だからその後、芸能界に復帰されてNHK大河ドラマ「勝海舟」で坂本竜馬をやった時は嬉しかったです。
藤岡:坂本竜馬先生は四国に住んでいましたから、小さい頃から影響を受け、一度は演じてみたいという憧れがあったんです。
歌蔵:時代に合ってたというか、岡田以蔵がショーケンでしたね。
藤岡::そうそう、よく憶えていますね(笑)
歌蔵:先生が暗殺された時は泣きましたよ(笑)
藤岡:僕も芸能界に入って闘っている最中というか、真剣に燃えていた。 それだけに竜馬役は感情移入がすごかったのではないかな。 ただ、最初の仮面ライダーで画面に叩きつけた、青春のエネルギーはまさしく田舎からひょっこり出てきて、化け物のような大都会に挑む姿だったのかもしれない。 演技力はないに等しいし、社会も人生も体験も経験も浅いし、生き様をぶつけるしかない。 時代に対する挑戦の姿が皆さんに色々な影響を与えたんではないかなと思うんです。 皆さんがカッコいいと言ってくださると恥ずかしいんですが(笑) 不安とプレッシャー、恐怖感を内に秘めながら戦ってる最中でした。 コンプレックスの塊でしたし。
歌蔵:ええっ、今でもそのカッコよさをキープし続けてる藤岡先生がコンプレックス!?
藤岡:いや本当に。 四国の田舎出身、言葉の訛りもひどい。 他にすごい才能を持った人たちの中に放り込まれ、すさまじいストレスとプレッシャーを感じましたね。 最初は劣等感しか持てなかった。 そういう中で生きていくんだ、闘うんだというエネルギッシュさがあったんではないかと私は推測するんです。 身体ごとぶつけていくしか自分は認めてもらえないだろうとガムシャラでした。
武道家の父に鍛えられ山の中で育って、体力的には自信があった、それが表現できたのではないかと思うんです。 山、海の恵みをいただいて、育ってきたといいましょうか。 自然環境に恵まれていた。
歌蔵:そういう方は身体能力が優れているんですよね。 精神的にも強い。アスリートにしても、役者にしても昔の方々は丈夫ですよね。 だから先生も、仮面ライダーでリミッターを超えて怪我しちゃった後に見事な復活をされましたよね。
藤岡:確かにそうかもしれない。 でもあの足の骨折がきっかけでしたね。 大きな転機になった。 順調に行かなくてよかったと思うんですよ。
歌蔵:災い転じて福となす。ポジティブシンキングだなぁ。
藤岡:おっしゃるとおりです。 猪突猛進だけの自分の甘さを反省し、もっと肉体も精神も根本から鍛えなおさないとダメだと。 病院生活でも完全に元には戻らないだろうとか噂が入ってくるわけです。 よし、何とかして自分に打ち勝ってやろうと思うようになった。 ただそのように気持ちを転換するまでは、死にたくなるくらい落ち込みました。 最悪でした。
歌蔵:若かったし、先生の場合は精神の振幅も激しかったわけですね。
藤岡:そう。 自分の未来も夢も消えてしまった。 おまけに身体も元に戻るかどうかもわからない。 経済的にも病院代はどうするんだ、凄い借金を抱えてしまった。 周りに迷惑をかけた、問題もおきるだろう。 もうお先真っ暗だった。悪く考えていくとおかしくなりますよね。
歌蔵:まだ若くて世間知らず、精神の許容量も狭いですから。
藤岡:おっしゃる通り。 まだ25歳でしたから。 そこで父に教えを受けた、かつて自分が鍛え続けてきた武道というものが甦ってきた。 自己との闘い、まず身体を治すことだと気付いた。 それまで食べ物が身体に入らなかったのが気持ちを切り替えてからガツガツ食べるようになりました。
歌蔵:やはり自然治癒力というものは、精神から治していくものなんですね。
藤岡:そうなんです。
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