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『現代に生きるサムライ・藤岡弘、がバリトンの低音ヴォイスでトップリ語る
役者人生、「探検隊」、愛国精神-!』
BU●KA 2003年12月号
『人間コク宝』インタビュー記事より
隊員の1人により、11月1日の本スレに以下の報告があった。
606
名前:櫻井刑事 投稿日:03/11/01 07:46 ID:b17KhZG+
ブ●カ買って来た
もう隊長の魅力てんこ盛り
隊員はかならず買うべし
探検次作予告もさりげなくされてます |
ブ●カなる雑誌を検索したところ、若者向けのアイドル裏情報誌(w)のようだ。 エロ本なら別に何とも思わないのだが、この手の雑誌は年齢的にちょっと抵抗がある。 『週刊実話』の若者向けバージョン、といった感じか。 しかし、記事を確認しない事には始まらないので、とりあえず内容を確認する為に近所のコンビニへ。
・・・・ッッ!!!
値段は390円(!)と異常に安いのだが、中身が…。 紙面は(期待していた)エロはほとんどなく、広告とアイドルの裏情報で埋め尽くされていた。 もう少しエロが多ければ…。 しかし、購入を迷っている場合ではない。 俺の逡巡する心を突き動かしたのは↓以下の隊員の悲痛な叫びであった。
616
名前: メェル:sage 投稿日:03/11/01 13:52 ID:7YWSetTD
体が不自由で外出できない俺様のために
誰かブ●カの内容を報告しなさい。分かりましたね。 |
外出出来ないストレスのせいだろうか、語尾の命令口調が痛々しい。 自身の事を「俺様」と語る>>616隊員。 彼の魂が暗黒化する事だけは、何としても避けたい。 そんな隊員の為に俺が出来る事と言えば、ただスキャンし、レポートするだけだ。 また、>>616隊員だけではない。 女性隊員の中にも購入をためらい、撤退した者もいただろう。 ならば、俺がやるッ!
そうと決まれば、話は早い。 早速、『BU●KA』を購入。 紙面のレイアウトがややこしいので、画像だけ抜く事は諦め、サイズを縮小し、そのままUP。 画像を保存して拡大すれば読めるだろうが、それでは俺的にツマらないので、文章は全てテキスト化した。
ただし、ココでちと問題がある。 この雑誌は前回の『S●S-DX』の時のような隔週&廃刊前号ではなく(だからと言って許される訳ではないが…)、月刊&バリバリの現役だ。 つまり、要は、いくらなんでも発売中にも関わらず、記事を丸まるUPするのは如何なものか、と。
そこで、このページのUPは次号発売の2003年11月29日以降とした。
(これまた、だからと言って許される訳ではないが…)
※「おいおい」と思われた関係者の方はメールにて御一報下さい。
隊長の刀の抜き打ちよりも速く削除いたします。
↓以下、藤岡:(=隊長)、---:(インタビュアー)で表記、またテキスト内の「※」は管理人が加筆
生々流転インタビュー HIROSHI,
FUJIOKA
interview
with a national treasure. *edge029
■人間コク宝探訪■
取材・文◎植地毅 撮影◎菊池茂夫
コクのある生き方なんてそう出来るもんじゃないし、まして宝になると尚更です。けれども我らはそれを目指す! このコーナーは、コクのある、味のある、違いのわかるゴールド・ブレンダー人間をサーチしては、勝手に「人間コク宝」に奉りあげるコーナーでございます。
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■藤岡弘、(ふじおかひろし、)Profile■
1965年、松竹映画にてデビュー後、青春路線で活躍。71年「仮面ライダー」で一躍ヒーローに。「野獣死すべし」「日本沈没」などの映画や「特捜最前線」「連続テレビ小説
あすか」「藤岡弘、探検シリーズ」などのテレビ番組、CM「せガサターン せがた三四郎」他多数出演。84年、「SFソードキル」の主役に抜擢されハリウッドデビュー。武道家としても柔道、空手、抜刀道、他あらゆる武道に精通。ボランティア団体の理事も務め、メンバーとともに国内、世界数十ヶ国で救援活動展開中の熱き男。
著書『実践・五輪書 武道を通じて学んだ宮本武蔵』ビジネス社より好評発売中。
公式ホームページ http://www.samurai-hiroshi.com |
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胎児の頃からサバイバル……!『仮面ライダー』事故以前の危機!
---:昭和21年に松山でお生まれになって、非常に厳格なご家庭で育ったそうですね。
藤岡:昭和20年8月15日に終戦を迎えるのですが、戦時中に私を身籠っていた母は、いつ出産するかわからない状況下で突然「実家に帰る」と言い出したようです。医者の「動いたら命の保証はしませんよ」という忠告を無視して帰ったその夜、松山は大空襲に遭い、病院は全焼、医者も入院患者さんも皆死んじゃったんです。ですから、私はそこで一回命拾いしているんですね。
---:生まれる前から九死に一生体験ですか!
藤岡:その通りですねぇ。私の母の直感という危機センサーに私は助けられたんです。
---:胎児の藤岡さんが知らせたんじゃないですか?お腹を蹴ったりして。
藤岡:いや、それはどうかわかんないけど(笑)、でも、母の愛情なんでしょうね。お陰でこうやって生を受けている訳ですから。人間に「偶然はない」と思っています。何かの必然によって生かされたんだと思うと、命の大切さを感じます…考えてみると、自分が健在なのが不思議な感じがするねぇ…(しみじみと)。
---:厳しいお父様と、お母さまの包容力によって藤岡さんのカリスマ的魅力が育まれたんですね。
藤岡:「命がけで厳しき愛」は父であり、「優しき母性愛」で包み込んでくれたのは母であり、そこは確かに私に影響を与えていると思います。本当に感謝ですよ。
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---:その後、お父様が失踪なさって大変苦労されたそうですが…。
藤岡:中学生の頃ですね。やはり子供心にも何となくマズイ状況だとは判っていました。母には苦労かけたくないという気持ちから、早く自立して迷惑を掛けないようにと意識してまして、要は、自分の事は自分で責任を取る、という事ですね。すぐさまアルバイトを始めて、必要な金は自力で稼いでいました。 ---:例えばどんなアルバイトを?
藤岡:新聞や牛乳の配達、稲刈り、脱穀、トラックの積み込み作業から道路工事、配線工事…あらゆる仕事をしました。花屋の屋台もやったし、野球場でアイスクリームを売った。お陰でその頃から金の価値を知りましたね。
---:そんな過酷な状況の中で、俳優という道を意識し始めて。
藤岡:ええ、ちょうどその頃にアメリカ映画が入ってきて、白黒テレビが始まりました。娯楽は映像という時代だったから、影響は受けますよ。
---:俳優を志すにあたって、得意だった柔道やスポーツも活かそうと考えました?
藤岡:いや、そういう事は全然考えてなかった(キッパリと)。
---:でも現在は『肉体派』な部分が仕事に結実している訳ですよね。
藤岡:ビックリしましたよ。まさか役に立つとは思わなかったし、助かりましたよね。自分は田舎に育ち、五感を研ぎ澄まし、自然の中で生きていただけなんですから。
低姿勢な藤岡青年に群がる8人の猛者!骨の軋む音が今も鮮やかに耳に残る。
---:地元でもかなり目立った存在だったんじゃないですか?街で不良に絡まれたりとか…。
藤岡:ありましたねぇ(遠い目をして)。当時は柔道のキャプテンを2年もやってまして、高校生ながら大学生に他流試合を申し込んだりしてね(苦笑)。
---:「道場破り」ってやつですか!
藤岡:やりましたねぇ。不良連中にも絡まれましたよ。私、本当は短気でね。暴発すると何をしているか判らないまま突っ走ってしまうのが最大の欠点なんですよ。それを避けられない状況もありました(笑)。
---:8人の愚連隊に襲われて、逃げながら1人づつ倒したという武勇伝も…。
藤岡:今思うと、確実に連中の骨をへし折ってますね。折れた時の音はハッキリ覚えてるくらい、今でも罪の意識がありますよ。私はいつでも謙虚に頭を下げて低姿勢なんだけど、そうすればする程、増長するバカな奴が出てくるから困ったなぁと(笑)。なるべく自分にそういう気持ちを起こさせないで欲しいですね(苦笑)。
---:そういった精神的なバランスを取る為に武道をやっていた面があると?
藤岡:本当はそれじゃいけない(笑)。「武」が度を越したら「暴力」になる。闘いたい気持ちを抑えるのが「武力」なんです。だって、武道やってるともう、相手の急所しか見ないからね(笑)。訓練の成果で狙うのは急所一点ですから。自分がダメージを受けて打撲が酷くても、急所だけは避けていたからね。相手の急所は的確に狙うけど、自分の急所は避けるのも上手いんで(笑)。
---:ワハハハ!相手はたまったもんじゃないですね。そうして地元に名を馳せて後、家出のような形で上京したんですよね。
藤岡:やっぱり自分の未来まで母にすがる訳にはいかない。田舎にいれば生活の保障はありましたが、夢は大きく外に向かっていたから、相当な葛藤がありました。それに19歳という年頃だったら、やっぱり可能性に賭けたい。金も何もない状況での決意だったんで、今思えば無謀ですけどね(笑)。
---:洗車のバイト中に声を掛けられてオーディションに出る機会を得た、というのも、偶然ではなく必然だったんですかね。
藤岡:そうです。人間の出会いは偶然じゃない。「出会うべくして出会い、成すべくして成る」という言葉がありますけど、昔の人は良い事を言いますよ。出会いで人の歴史も変わるし、運命も変わる。そう考えると人生って楽しいよね。
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まさに『青春の門』だ。 サブタイトルを付ければ、『松本編』&『自立編』か。 隊長が松本で荒々しい青春を送っていた事は容易に想像できる。 柔道部のキャプテンだったという事は、恐らくバンカラな青春であったであろう。 俺は読みながら、思わず吉田拓郎の名曲『我が良き友よ』の歌詞が頭に浮かんだ。 ♪下駄を鳴らして〜ぇ、奴が〜来る〜 腰〜に手拭いぶら下〜げて♪ 『上京編』は以下。
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体力増強の為のニンニク一気飲み!ギラギラと滾(たぎ)る目で全てに体当たり。
---:そんな藤岡さんにも、若い頃には挫折や失敗もあったんでしょうか。
藤岡:失敗は人に負けないくらいある。挫折、失敗は本当に多いですよ。だから叩けばほこりも出ますよ(笑)。
---:じゃあちょっと叩かせてもらいますが(笑)、上京当時の切ない話といえば何ですか?
藤岡:まず東京の冷たさがショックでした。他人の事なんて構っていられるか、という人ばかりでね。生活も苦しくて、バイトして金が入るや、カップ麺を1ダース買って「コレで2〜3週間は大丈夫だ」って安心してるくらい。電車でキセルして捕まって、始末書を何枚も書いたしね(笑)。で、たまには野菜を食べたいなぁ、と思って近くの畑の側を歩いていると…ふと、採り残したキャベツがありまして。
---:野菜が落ちているな、と。
藤岡:そうそう!なぜか、こう、野菜が落ちていてね(笑)。虫が食って売れないのを見て「虫に食わせるなら俺に食わしても良いんじゃないか?」って拾いました。ラーメン屋に入っても、金が無い時はライスだけ頼んで、すりおろしのニンニクと醤油をかけてガーッと混ぜて食べていたしね。ニンニクは身体に良いと思ってたから。
---:ガソリンみたいなメシですね(笑)。
藤岡:ある時、おろしニンニクを水に溶かして一気に飲んでいたら、途端に胃痙攣を起こしちゃってね。数分後にはトイレに走りましたよ(笑)。いや、ニンニクには気をつけなきゃダメなんだ(真剣な表情で)。
---:肝に命じます(笑)。
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---:そんな苦労を経て、松竹に入られて。
藤岡:松竹は老舗で誇り高い会社だったし、先輩もエリート達ばかり。私みたいなのは街で拾われてきた駄馬ですから、格好もGパンで悲惨だったし、言葉を発すれば伊予訛りで笑われ、正直言って劣等感の塊でしたね。
---:他の映画会社への移籍などは考えなかったんですか?
藤岡:松竹入ってからもスカウトはされているんですよ。どこの会社とは言えませんけど、たまたま電車に乗っている時に声を掛けられましたよ。渋谷とかでもね。
---:まるで女子高生なみにモテてるじゃないですか!
藤岡:いや…ただ、目がギラギラして異様な雰囲気だったんでしょう。餓えた狼じゃないけど、「餓えた男が彷徨っている」って感じに興味を持ったんじゃないですかね。
---:餓えた狼!女性からのアプローチも相当あったんじゃないですか?
藤岡:(照れつつ)ありがとうございます。でも、モテるとかそんな考える余裕がなかったよね。女より何より、自分が明日食えるかどうかが心配だったから。お金が無いから街を歩いて帰るという状態で、女性を誘ってどうしますか(笑)。
---:その後、松竹を離れ、イチから出直す形で『仮面ライダー』のオーディションを受けるんですよね。
藤岡:主役候補が既に決まっていたという話すらあったんですが、最終的に私に決まって。恐らく、丈夫そうだし少々シゴいても持ちこたえるだろう、とかそんな理由だったと思いますよ(笑)。誰にも負けないぐらエネルギッシュだった事は自信ありましたけどね。ハハハハ!
シビアなハリウッド、香港の危険。海外映画業界で裏と表を見てきた。
---:ハリウッド進出作となった『SFソードキル』(84年)の撮影はいかがでしたか?
藤岡:いずれアメリカ進出にトライしようと思ってましたし、そういう『念』が出ていたんでしょう。単身乗り込もうと準備を整えていたら、(エンパイア・ピクチャーズの)プロデューサーが来日して、僕に会いたいという話が来た。「このチャンスは逃したくない!」と決めて、日本の仕事を全部1回切ったんです。一世一代の賭けですよ。まぁ、色々と良い勉強をさせて頂きました。
---:ハリウッドは手強かったですか?
藤岡:あそこはシビアな世界(笑)。表面が華やかで裏は…いろいろあるね。アメリカで人生の何たるか、世界の大きさ、深さを知りましたね…。
---:そして『東京・香港特捜刑事』(88年)は初の香港映画で、激しいアクションものですよね。作品中、かなり本気で殴られてませんか?
藤岡:いやぁ、もうハンパじゃない(笑)!この監督さんは元々ブルース・リーを撮ってたキャメラマンで、わざわざ監督自らが日本に僕を訪ねてきたんです。この時は弟子を1人連れて行ったんだけど、日本と違って、何が起きてもおかしくない状況をヒシヒシと感じたね。香港のアクション映画では、一回の撮影が終るまでに負傷者や死人が出る事もあるようで。『東京・香港特捜刑事』でもスタッフが1人亡くなったらしい。
---:ほ、本当ですか!
藤岡:朝スタジオに行って、線香の匂いがすると思ったら、皆で合掌している。「今日は撮影ないの?」と聞いたら「いや、これから撮影始めます!」って、事もなげに(笑)。
---:とんでもない世界ですね〜。
藤岡:それで余計に身が引き締まって、注意したね。何が起こるか分からないから、メシも自分達で炊き、握り飯を作って食べたり。
---:死にそうな経験だらけですね(笑)。
藤岡:いやぁ、神経と体力がすり減りました。だから、あまり思い出したくない事もあるよ(笑)。ある意味では思い入れ深い作品とも言えるね。この時はジョン・ローンとも飲みに行ったし、ジョン・ウー監督とも出会った。香港では裏のウラまで知ったし、良い目と悪い目、両方に遭いました。
---:じゃぁ今、香港から話が来ても躊躇しちゃいますか?
藤岡:ウ〜ン、考えるかな。あそこには人生の裏表があるからね…。
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野暮を承知で『隊長版 青春の門』に更にサブタイトルを付ければ、上記は『上京編』&『立志編』か。 しかしまぁ、何と素晴らしい青春だろうか。 思い出も苦労話も自慢話も失敗話も…、全てが輝いている。 豊かな青春を送った人の言葉とはそういうモノなのだろう。 正直、羨ましくて仕方がない。 『挫折編』は以下。
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『水曜スペシャル』での壮絶ロケ話「探検こそが我が人生そのものなり!」
---:これはちょっと聞きにくい事なんですけど、しばらく活動されていない時期がありますよね。少し当時の状況を聞かせて下さい。
藤岡:…(息を吐いて)人間不信、裏切りにあって、己をまず見つめる為の時間をとり、人生をクリアにして一から出直そうという新たなる挑戦の旅をしたんです。その為に空白を持った。最も信頼していた者達の裏切り行為によってね。ある人間を信用して国際的映画制作に投資したんですが、もう何億という負債を全部背負う羽目になりましたよ。その者達を糾弾する事も出来たけど、それを責めず、コツコツ借金を払い続けているんです。借金を背負い、人間の不信感を背負い、多くの友の裏切りを背負い、そして自分の作った会社も清算し、真っ白な状況で先の見えない荒波と風の中に身を置いた。それから私は世界中のボランティア活動に身を投じて、それまでは求めるだけだった自分が、世界に向かって人々と出会い、何かしようと命を賭け始めた時間が、その空白の時間だったんですよ。
---:ははぁ、そうだったんですか。達観されてますね…。
藤岡:まぁ、男だから!それぐらい出来なくちゃダメじゃないですか(笑)。
---:その後『せがた三四郎』で電撃復帰を果たされましたね。どんな経緯があったんですか?
藤岡:あれは良いキッカケでした。ある広告代理店の方が絵コンテを持ってきて、その絵がもう私の顔になってるの(笑)。「藤岡さんしかいない。他の人は一切考えていない」とね。これには感動しました。心が動きましたね。
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---:かなり熱演されていましたよねぇ。
藤岡:自分がノッた仕事ってのは、やはり意味があるんです。せがた三四郎は燃えに燃え狂いました(笑)。いきなり子供をアスファルトの地面に投げ飛ばしていましたからね!
---:軟弱な子供をバシッと鍛え直してやろう、って(笑)。では、テレビゲームの社会的影響はどう考えてますか?
藤岡:私はね、ある面ではテレビゲームなりの良さがあると思っています。一種のシミュレーションですよ、人生の。例えば私は飛行機操縦の免許も持っているんですが、疑似体験を活用する材料として反射神経や瞬発力を養うというには役に立つちう面もありますよね。けど、(低い声で)実戦はそうは上手く行かないですけどね!
---:仮想現実と言えば、『マトリックス』のようなゲーム感覚のアクション映画が熱狂的に受け入れられる現状についてはどうですか?
藤岡:ウン、正直言って飽きてきた…。効果的に使うと良い面もあるけれど、それを使い過ぎると、どうかと思うけどね。 ---:どんな人間でもCGなら百人組手が可能ですしね。
藤岡:千人組手だって出来るよ!そんな非科学的なものが通用するのが、現在のCG映画ですよ。スタントマンを使わずに演技して来た自分としては残念だね。人間の生身を出す事によって、痛み、傷つき、失敗し、血と汗と涙と膿を出しながら闘う姿こそが人の心を掴むと思う!そこには男の美学と人生の美学がある!
---:そんな熱い藤岡さんが力を入れている『水曜スペシャル・藤岡弘、探検隊』ですが…。
藤岡:井の頭公園で撮ってきた、とか思ってたんじゃないの(笑)?探検隊は何でもアリの世界で、全て生の体験ですから、危険だらけなんですよね。百数十メーターある崖をロープ1本でおりたんだけど、もう命がけですよ。百数十メーターって東京タワーの展望台ぐらいの高さがあるんだよ?他にやろうとする俳優はいないでしょうね。
---:子供の頃に裏山探検していた藤岡さんが、今同じ感覚で南米の奥地に入っているんですね。
藤岡:それが出来なくなったら私は終ったようなものですから!体力、精神力の続く限りは永遠に闘いたいのが本音です。探検には何が起こってもおかしくない…。それは己の人生に対する挑戦と同じであり、私にとっては人生そのものが探検だと思うんですよ!
---:でも、実際にインディオが弓矢で襲ってくるのは恐怖じゃありませんか?
藤岡:インディオにも色々な種族がいてね。かなりの事前調査をしているから安全ではあるんだけど、それでも中には部族同士の争いも起きてる。我々はたまたま最悪な状況には遭わなかった、というだけで、もし出くわしたらしょうがない。そういう覚悟でやっています。
長い歴史と血を護ってきた大和民族。英霊たちに礼を尽くすのは当たり前。
---:藤岡さんは、節目節目で靖国神社に参拝に行くとお聞きしました。
藤岡:例えばねぇ、国が亡くなったらどうしますか?国が亡くなるとどんなに悲惨か。パレスチナ紛争もそうでしょう。我々のアイデンティティを見直さないと、自分達の先祖の血が、魂が、消えてしまうんです。どの国でも国を愛さない民族はいませんよ。国を失う事は地位も名誉も財産も、そして血まで絶やされて何も残らないんですよ。つまり、愛の繁殖まで途絶える。皆さんの血が絶えるんですよ。皇紀2663年から続いたこの深き良き歴史をもったこの国を護ってきた先祖。我々の何千何百億という先祖がこの地で生を受けてきた訳です。それに対する礼節と敬意と感謝をもって、己が次なるものに命を委ね、託して行くのは当然ではないでしょうか。
---:おっしゃる通りです…。
藤岡:先祖が培ってきた伝統、文化、歴史、民族の勇気、人間力、民族を護り続けて後世に託す事が我々の使命の一つであると思うんです。靖国神社には吉田松陰や坂本竜馬、勝海舟や西郷隆盛や多くの烈士たち、国の為に殉死した方々が眠っているんです。その死者に対して感謝するのは当然ではないでしょうか。日本の首相や各国の要人がアメリカに行ったら、アーリントン墓地で献花して、御霊に対して礼を尽くしていますよね。それをとやかく言われる事はない。それぞれの国のやり方がある。日本人は日本古来からのしきたりがあり、全ての御霊に対し、敬意と、これからは過ちを犯さない、という責任を確認する事でもある。我々が基礎を作っておかなければ誰がやりますか?その為に今の若者達に目覚めよ、気付けよ、覚醒せよ!真の男となれ!女の尻を追っかけるんなら、ジャガーの尻を追っかけろ!って。そう言いたいですね。
---: ウハハハハ(笑)。ド熱い説教が聞けて光栄です。
---:最後に、読者プレゼント用にサイン色紙をお願いします。
藤岡:良いですよ。(精神統一をしてから一気に書きはじめるが…)ウン…?どうしたんだこれは…、書けないぞ。失敗だ!人に渡す時は確認して渡すべきだぞ。心を入れて気を入れてインクを補充しろ(と抑えた調子でお弟子さんを注意する)。ああ、ハンコも押してあげましょうねぇ。
---:非常に気合いのこもったサイン、誠にありがとうございます!
藤岡:いえいえ。今度はもっと探検隊の事も聞いて下さいよ。次も凄いところに行きますから、期待しててね。
---:ハイ。次回の探検後も必ずお伺いさせて頂きます!本日は有難うございました!
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信じた者の裏切りとは誰にとっても辛いモノだ。 隊長とて例外ではない。 しかし、隊長はそこで自らの足下をもう一度見つめ直す。 大切なのは慌てない事だ。 クサらずに、コツコツと努力を続けたからこそ、『せがた三四郎』で復活出来たし、『藤岡弘、探検隊』で我々のハートを鷲掴みにする事が出来たのだ。 最後は先祖への熱い気持ちも語ってくれている。 先祖を大事に出来ない人が、どうして母親や故郷を大事にする事が出来るだろうか。 先祖も母も故郷も同義語だ。 俺はそういう風に受け取った。 また、読者サービスだろうか、最後に探検隊情報もさりげなく投下してくれている。
誰が隊長をキャスティングをしたのかは不明だが、恐らく、取材&文の担当の植地氏だろう。(氏の著作群から勝手に想像) このインタビュー記事のお陰で「やっぱり、第4弾あるんだ!」と、ホッと胸をなで下ろした者も多いはずだ。 氏には心から感謝ッ! また、短いインタビュー記事にも関わらず、隊長の過去・現在・未来がきれいに時系列でまとめられている。 隊長の誕生から現在までの歴史がインタビューの中でコンパクトにまとめられているのだ。 それはつまり、植地氏が万全の準備を整えてインタビューに臨んでいた、という事を意味している。 本当に素晴らしいインタビューだ。
と、転載した事の謝罪の意味も込めてヨイショしてみる。w
いや、ヨイショだけじゃなくて、ホントに素晴らしいです。
※「いくら何でも丸まる転載は酷くねぇ?」と思われた関係者の方はメールにて御一報下さい。
隊長の刀の抜き打ちよりも速く、このページ自体を削除いたします。
ちなみに、あくまでも学術的な見地から、『加藤あいの全裸入浴ビデオ』記事についても紙面の端から端まで詳しく拝見させて頂いた。 袋とじを丁寧に開けると、そこには俺の知的好奇心を大いに満足させる内容が展開していた。 読唇術を駆使した科学的アプローチなど、今後の当サイトの参考にしたい。
合掌、
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あいタン… (;´Д`)ハァハァ
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